愛してると囁いて
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今、僕の目の前に広がるのはボロボロに裂けた一着のセーラー服と膝を抱えて啜り泣く閻魔大王の姿。今は形も残らないセーラー服の残骸へ視線を向けたまま僕は思わず溜め息をついた。

事の発端は数分前に遡る。いつものように大王を起こしに寝室へ向かった僕はドアを開けた瞬間あろうことか桃色のセーラー服を持ち鏡へ向き合うイカと対面する事になった。…おかしいと思ったんだよ、いつも僕が起こしに来るまで絶対起きることなんて無いのにドア越しに上機嫌な鼻歌が聞こえた辺りから。取り敢えず大量の仕事を控えた今、大王の機嫌を治すことが先決だ。



「いい加減泣き止んでください、大王」



「ぐすっ、だって鬼男くんが買ったばかりの新作セーラーを…」



「自業自得だろ。それより早く支度して下さい。死者の方々がお待ちしてますから」



「…もう今日は仕事しないもん」



子供のような駄々を捏ねながらふいと顔を背けられる。一度へそを曲げた大王が厄介な事は今までの経験上身を持って知っている。…まぁ、その場の怒りに任せて仮にも閻魔大王の私物を引き裂いたのは少々やりすぎた気がしないでもないけど。



「あ、でも鬼男くんが俺の言うこと聞いてくれるなら許してあげてもいいよ」



「……わかりました、不本意ですけど今回の件は僕にも非があるので多少なら大王の我儘も聞きますよ」



「え、いいの!?」



「但し常識の範囲内ですからね」




僕の一言に、ぱっと顔を上げた大王は嬉々とした表情を浮かべ期待に満ちた眼差しを向けてくる。それこそ先程まで膝を抱えて泣きべそをかいていた姿とは雲泥の差だ。あ、なんか可愛いかも。




「じゃあ、……鬼男くん」



「はい」



「セーラー服着ながら仕事して」



「ふざけんな、変態大王イカ」




前言撤回。少しでも情けをかけた僕が馬鹿だった。予定より大幅に時間が過ぎたため取り敢えず仕事に向かおうと踵を返し出口へ歩みを進める。瞬間大王は慌てて僕の片足を掴み制止をかける。



「ウソ、ウソだから鬼男くん待って!もっと簡単なのにするから!」



「…セーラー服は禁止だからな」




数秒の沈黙の後決まり悪く振り返り言葉を続ければ安堵したのかほっと息をつく大王が目に入った。なんだかんだこの人に甘くなるのは僕の悪い癖だ。言っときますけど惚れた弱みとかじゃないですよ、断じて!




「愛してるって十回言ってよ。そしたらちゃんと仕事するから」



「な…っ、」




瞬間耳へと届いた予想外の言葉に思わず目を見張る。そうこうしてる間にも今まで床にへたり込んでいたはずの大王が僕と向き合う形で立ち上がり、じっと此方を見据えてくる。



「っ、ふざけないで下さい」



「ふざけてないよ?俺は至って真面目だけど」



珍しく真面目な顔で言われ不覚にもドキリと鼓動が高鳴った。くそ、反則だ。暫く口を閉ざしたまま答えを出し渋っているも機嫌を損ねては面倒だと自分自身に適当な理由をつけて了承する。



「…十回、だけですからね」



「うん!あ、目逸らさないでね」



覚悟を決めた僕は大王と視線を交わらせ深く息を吸い込みゆっくりと口を開いた。



「愛してる、愛してる、愛してる、愛して…る、」



恥ずかしい、本当に恥ずかしい。また拗ねられると厄介だから故意に目を逸らせないし、情けないことに段々と声が小さくなる。



「愛、してる…愛してる……愛してる、愛してる、愛してるっ!!」



後半はほぼやけくそ。顔が火照って妙に熱いからきっと僕の顔は今真っ赤だ。




「…言いましたよ、十回」



「うん、ありがと!鬼男くん」




真っ赤な顔の僕とは対象に大王は至極嬉しそうに口元を緩ませている。…なんか、悔しい。もとはと言えばセーラー服なんか内緒で購入してる大王が原因なんだし僕だけ恥をかかされるなんて割りに合わない。沸々と沸き上がる不満を押さえきれず僕は反射的に口を開いた。



「…大王だけずるいです」



「鬼男くん?」



「僕にも愛してるって十回言って下さい」




唐突な申し出に対しいくら大王でも流石に驚いたのか目を見張り此方を見つめてくる。今更だけど、僕相当恥ずかしいこと言ったよな。うあー!無し、今の無し!冗談だと言葉を紡ぎかけた瞬間不意に腕を引かれ次には大王の腕の中。予期せぬ行動に慌てて離れようと身動ぐも予想以上に強い力で抱き締められていて逃げられない。




「だいお…っ」



「愛してる」




耳元で囁かれた言葉にカァと頬が熱くなる。




「愛してる」



「……っ」



「愛してるよ、鬼男くん」



「も、わかった。…わかったからやめろ、っ」



「なんで?あと七回残ってるよ」




恥ずかしくて僕が死にそうなんだよっ!なんて返したら俺たちもう死んでるから平気だよ、とか笑いながら茶化されそうで言うに言えない。それに大王は制止をかけた理由をわかってるから余計たちが悪い。



「かわいーね、鬼男くん」



「煩い、馬鹿イカ」



「痛たっ!爪立てないで!」




先程まで拗ねていた姿が嘘のように軽口を叩き合う。きっとボロボロに裂けたセーラー服の事などもう頭に無いのだろう。抱き締められた腕や密着した身体から伝わる心地好い温度差を感じ、あと少しだけと自分に言い訳をしながら自ら大王の背に腕を回した。













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