1:《なんて悪意に満ちた平和なんだろう》



4月。

都立大江戸高校は入学式や部活説明会の準備に追われていた。

土方が所属する剣道部ももちろん例外ではない。
主将を任されている土方は、遅くまで準備をしていた。

顧問の近藤が覗く、

「おぉ、トシ!!!まだいたのか!!!」
「あぁ。おわんねーんだよ準備。…坂田の野郎、帰りやがった。あいつあれでも副主将かよ…」
舌打ちをして、書きかけのプリントを睨む。

「まあまあ。坂田はめったに発揮しないけど実力もあるし、良い奴じゃねーか。それにだ、この前の打ち上げの幹事やってくれたんだし。」

「打ち上げやること自体、俺別に頼んでねーし。大体、年に何回打ち上げりゃ気が済むんだよ。」

人の良すぎる近藤にため息をついた。


大江戸高校の剣道部は、強い。
土方が主将になる前は、部員の沢山いる人気な部活の一つだった。
しかし自分達が三年になった今、気付けば二年の部員は、
一人残らず辞めてしまっていた。
原因は多分、土方が厳しくし過ぎたのと三年のあまりに個性的な面子について行けないから。

だけどそんなことを言っていたら剣道部は自分が卒業したら廃部だ。それだけは防ぎたい。
だから土方は新一年の獲得に躍起になっていた。

「トシ、俺も手伝う」
近藤は土方の隣に座った。

近藤は、ペンを走らせながら話し始める。

「今年は期待できるやつが結構来るんだよ」

「へえ。どんな」

「妙先生の弟さんが、剣道部希望らしいんだ、実家でやっていたらしいよ。やっぱさー、妙先生、俺に気があるからってあえて弟を俺が顧問の部活に送りこんだね絶対」

「ほう、経験者は頼もしいな。で、他は?」

「ねえ、トシ、聞いてた?最後の一文。無視?あれに関しては無視ってこと?」

「他は?」

「……。もういいや。そうそう!今年は凄いのが来るんだよ。
沖田総悟って言ってな、俺が道場でバイトしてた時の教え子なんだけどさ。あん時まだ小学生だったけど、あれは化け物だよ。センスの塊みたいなやつだな。」

近藤は回想に浸っているのか、少し遠い目をして言う。

「…っつーか。そんな奴なら私立のスカウトとかあったんじゃねーのか?」
遠い目をして、完璧に手が停まっている近藤の方をじろりと見る。

「まあ、それはいろいろあってな。かくかくしかじかで俺が今面倒見てる。」

「はぁ?意味わかんねーし。そいつ家ねーのかよ、家出か?」

不信感丸出しといった顔の土方に近藤は続ける、

「ちょ、トシ、総悟みたいな良い子が家出なんかする訳ないだろ!!!」

「いや知らねーし。」
土方は冷たくあしらう。

「まあ、その辺は聞かないでおいてあげてよ。本当に良い子なんだよ、たまになんか夜独りで起きて、藁人形燃やしたりしてるけど。」
「いや、それ全然いい子じゃねーよ!!!腹ん中真っ黒だよ絶対!!!」
激しく突っ込んで、自分も手が停まっていることに気がつき、再び黙って紙に向かった。


結局、準備が全て終わったのは夜9時。

遅くまで付き合ってくれた近藤に礼を言い、まだ寒さが残る空の下、自転車に跨がった。





自宅マンションのエレベーターの中で今日、近藤が言っていた事を思い出す。

今年は期待できそうだな。

心の中で、小さく独りごちた。

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