3:《トラッシュ》



「よろしく」

目を見ないように、ボソッと言った。


自宅に入るが、人の気配はない。母は恐らく引越しの手伝いだろう。リビングには寄らずに真っすぐ自室に向かった。
自室に入って、すぐに異変に気がつく。
箪笥の中がひっくり返されて、服がほとんどない。

「おいおい…どういうことだこれは」
この悲惨な状況に思わず突っ込む。
母親に電話をするが繋がらない。隣にいるのは分かっていたが、わざわざ行くのは癪だ。
鍵が閉まっていたとなれば、母の仕業だ。

今日が始まってから怒ってばかりのような気がする。
なんだか酷く馬鹿らしくなり、土方はベットに寝転んで目を閉じた。







長い間寝ていたのだろうか。
窓から外を見ると、既に真っ暗で。
眠い目をこすりながらリビングに行く。

テレビの音。

部屋を覗く。



先程の栗色が、いた。
人の家のソファーにどっかり座って、ドラマの再放送を見ている、そいつ。


「おい、お前。」

どういうことなんだこれは。

結構すごんだつもり。

だけど、そいつは無視を決め込む。

「おい!聞こえてんのか!!」

怒鳴る。

それでもテレビからは目を離さずに、こちらに右手だけ広げて言う。

「待ってくだせぇ。今、良いところなんで。」



ふざけんじゃねえ。

なんなんだこいつは。



ドラマが一段落し、CMに入った頃、そいつはこっちを向いて言った。

「おじゃましてやす」

手をひらひら振りながら楽しそうに笑う。

その腑抜けた笑顔にも何故か苛立ちを覚える。

「おじゃましてますじゃねえんだよ。人の家に勝手に上がりこみやがって…。」
初対面じゃなかったら間違いなく殴ってる、こんな奴。

「勝手じゃねえですよ。おばさんが、ちょっと買い物いってくるからくつろいでて良いって言ったんでぃ」

「て、お前だからって、いくらなんでもくつろぎすぎだろ!!!」

また怒鳴って。あることに気がつく。

「おい、お前。それ俺の服じゃねーか。」



「ああ、そうでさぁ。おばさんがねぃ、土方さんの箪笥から好きなの使ってもいいって言ってくれたから。
ありがたく使わせていただきやした。」

「はあ?お前どんだけ図々しいんだよ!!ふざけんじゃねえ返せ!俺のだ。」

「いやでぃ。」

「返せ。」

大人気ないのはわかってた。
でも、頭に血が上っていてそこまで余裕がなくて。

力任せにシャツを引っ張った。

ぶつっ。

ボタンのちぎれる音で我に返る。

引っ張る力が強すぎて、沖田はバランスを崩し、テーブルに頭をぶつける。
テーブルの上に乗っていたグラスが、床に飛び散った。

がしゃん。




「おい!!!!大丈夫か!!」
沖田の手を見る。

ガラスが刺さってざっくり切れている。

「たいしたこと、ないでさぁ」
そう言ってガラスの破片を片付け始める。

「たいしたことない訳ねえだろ。ちょっと見せろよ。」
こっちに向き合わせて、傷を見る。
結構深い傷。
風呂場に連れて行き、洗い流し、消毒して包帯を巻く。

「俺、片付けるからここで座ってろ。」
一通りの処置を終え、沖田をベットに座らせた。

ため息をつきながら掃除機をかける。

あんな奴、無視すればいいんだ。
別に、隣だろうと同じ部活だろうと。歳も離れてる訳だし。
相手にした俺が馬鹿なんだ。

何度も頭の中で繰り返した。



しばらくして、母が帰ってきた。
土方は溜まっていた鬱憤を晴らすべく、母親に言う。
「おい、なんでこいつ勝手に俺の部屋にいれん「土方さん。」
なぜか沖田に制止された。

「おばさん、土方さん。すいやせん…。
俺が服を土方さんに無断でとったばかりに土方さん怒らしちまって…。」
そう言って母親に手をちらりと見せる。

「まあ、どうしたの!総悟くん!」
「俺が全部悪いんです…。土方さんを怒らしちまった…」

「うそ…十四郎…。信じられない…。」

「おィィィィィィイィィィィイィ!!!違うからね!!なんかこれ全然違うからね!!!」
沖田がニヤリと笑う。
「違うって!!まじまじ、いや、ちがくないけど、違うからほんと!DVとかじゃないから!!!」

「十四郎…。お母さんだけじゃだめ?お兄ちゃんとお父さんがいないとだめなの?」
何故か母親が泣き出す。

「いや、なんか女手一つで育てたみたいにいってるけど、出張だからね、ただの!!!っつーかちげーよ!!!」

「おばさん、泣かないでくだせぇ。このボンクラ息子は俺とおばさんで再調教しやしょう。」
と沖田。

「えボンクラって言うやつ久しぶりに聞いたよそれ!!っつーか再調教言うなァァァ!!」
土方が叫ぶ。

総悟君は本当にいいこね。と母親が沖田の頭を撫でた。
沖田は土方の方を見て声にはださず、口だけで何かを言った。

「ちょろいな」

根拠はないけど、あいつは絶対そう言った。


近藤さん、あれのどこが良い子なんだ。

明日から始まる新学期を思うと、頭が痛かった。





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