8:《夜王子と月の姫》



「…さみぃ。」

小さく呟いて、煙草に火をつける。
四月の半ばだというのに、まだ夜はかなり冷える。
それでも家の中で煙草を吸う訳にもいかないのでベランダにでていた。

高校に入り、近藤と出会うまでは、今の真面目で堅物の土方からは想像がつかないほどどうしようもない不良だった。
現在は勉強もトップクラスだし、部活一筋の高校生活で。血の気が多いのは相変わらずだが、夜遊びも喧嘩も全くしていない。
だが。煙草だけはどうにもやめられない。

非常にいい加減な家庭だったので、遊んでばかりいた中学時代も煩く言われたりすることも無かった。しかし、母親が煙草の煙を嫌うので、部屋の中は全面的に禁煙なのである。
だが、外でばれないように吸うことに関しては、基本的には黙認されていた。
ここまでいい加減な家庭もどうかと思うが、この時ばかりはその適当さに感謝する土方だった。

ベランダの柵に寄りかかり、煙草を銜えながらぼんやりと外を見る。

5月の終わりには、全国大会の予選で。それに負ければもう引退。
今までは、三年の人数が多く、出させて貰えなかった。
今年で最初で最後だ。


早ぇな。

「引退、したくねえな。」

煙草の煙を吐きながら、一人、本音を吐露する。




「させねえよ。」




あんたを5月で引退させたりは、させねえよ。

土方さん。







突然聞こえてきた声に驚けば、隣のベランダから沖田が顔をだしていた。

「あんたなんか煙草くせえと思ったら。吸ってたんですねぃ。」
にやっと笑う。

「高校生がベランダで喫煙なんて。おやじくせえ。それに見つかったらどうするって言うんですかぃ?部長さん。」
わざとらしく語尾を強める。

「…うるせえな。俺の楽しみを奪うんじゃねえよ。」
弱みを握られてしまったと少し罰が悪そうに沖田を睨む。

そうすれば、少し目を細めて。

「でも俺ぁ、あんたのその匂い。嫌いじゃないですよ。」

やけに優しく。ふわり、笑った。


普段は幼く見える彼の、酷く大人びた、柔らかいそれ。
こんな風に笑える、いや自分に対してはこんな風に笑う。

積み上がっていた独占欲が、ぐらり、傾く。



「どうしたんです?間抜けな顔して。」
不審そうに沖田が問う。

「いや。なんでもねえ。」

言える訳が無い。

可愛いだなんて。


「ああ。もう10時だ。じゃあ土方さん。」
乗り出していた体を少し起こす。

「さっき俺が言ったこと忘れないでくだせえよ。今年は全国行きやしょう!団体優勝でさあ!」
先程とは打って変わった、子供っぽい笑みを浮かべながら。

「へえ、頼もしいな。じゃあ個人は俺が優勝する。」
強気に放って土方も笑う。

「はは。やけに強気ですねぃ」

「お前ほどじゃねえけどな。じゃあ、明日も朝練あるから。ちゃんと起きろよ。」

なんでもないやりとりを終え、部屋に入った。






「畜生…」

部屋に入ってため息とともに床に崩れるようにしゃがみこむ。
聞こえるのは狂ったように打つ、自分の鼓動。

いつもみたいに笑ったけど、余裕なんてなかった。
ベランダの仕切が無かったら。
あいつを押し倒していただろうか?

自分の衝動に少し悲しくなる。
会ってわずか数日、しかも男。

「頭沸いてんのは俺じゃねーか。」
壁によりかかって、自分の髪をぐしゃっと掴んで乱す。

狂ってる。
どうかしてる。

分かっている。
分かっているけれど。

ああ。どうしようもなく。




好きなんだ。










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