18.東京少年
18:《東京少年》



混み合った車内を見渡して、外を見る。

あの後、沖田は髪が乾く頃には既に寝てしまったらしく、目が覚めたら土方のベッドの上に運ばれていた。

沖田の足元には憂悶とした表情の土方が、いやに厚着をしてうずくまっていた。

その様がいつもの土方とあまりに掛け離れていたから、心配より先に、込み上げたのは笑いだった。

「土方さん、あんた。ざまぁねえなぁ!どうしたんですかぃ?」

腹抱えながら言えば、不機嫌な声で。

「風邪引いた…絶対これ熱ある。」
言い終わると同時にアラームが鳴った。



「何度?」







「8度1分」












そんなやり取りを経て、沖田は一人、電車に揺られていた。


雨の日の車内は、湿度が高い。

汗の臭いと、雨の匂い。
不快指数のかなり高めの空間は、次々乗り込んで来る人によって、更に息苦しくなって行く。

ずっと田舎に住んでいた沖田にとってこういう人混みは、どこか架空のもの、テレビの中のものというイメージがあった。いざ、こうも揉まれてみれば、目の前の中年男性のくたびれた背中もリアルな現実として納得が行く。


(後、三駅もあるだなんて。)



目を閉じかけた瞬間、寄り掛かっていた扉が開き、バランスを崩す。ホームに片足を着きかけた矢先、誰かにぎゅうっと袖を引っ張られた。
降りる予定ではない駅に降りてしまい、再び乗車しようにも電車から流れ出す人、人、人にただホームに立ちすくす他無かった。


「…あ−。」


やっちまったねい、と一人ごちる。
何だか自分が、酷く惨めな田舎者のような気がして、肩を落とした。





「おはよう。」


聞き覚えのある声。

振り返れば、制服を着崩した格好の銀時がいた。


「おはようございやす…旦那、あんた…」

「ごめんごめん。見付けたから、つい…ね?」


沖田は怒り心頭だ。

電車の外に引っ張り出したのは、この男だからである。


「つい、って俺ぁ結構ね、」

言いかけたところで。

「まあまあ沖田君。お詫びに宇治金時パフェ奢るから!」







「…チョコレートパフェが良いでさぁ。」















ファミレスで、男二人でパフェをつつく朝っていうのはどうだろう?とは思うのだ。


「そういや、大串君は?」



「土方さん、今日は熱出してお休みでさあ。」

「熱?…へえ。」


「旦那こそ、あの眼鏡は?」


「ぱっつぁんは日直。」


「沖田君、今日何時まで平気?」

「部活まででさあ。」


「…授業は全部サボる気なのね。」
銀時が苦笑する。

「俺も六限まではヒマ。」

「六限?」


「家庭科の志村妙はおっかねえんだよ、サボると。」


「へーえ。」


「っつ−か沖田君さ、君ね。」




「手、汚し過ぎ。」


何のためのスプーンなのよ?
と問いたくなるくらいに、沖田は手を汚していた。


「あ、」

と今更のように手指を見つめて、その指を当たり前のように、口へ。

瞬間、銀時は思うのだ。




「ああ、勿体ない」、と。




何が勿体ないのかは分からないが、気付けばその指をがしりと掴み自分の方へ。


目前にある、指はチョコでぬらりと光った。

甘い匂いがする、その指を。




ぱくり、と口に含んだ。



指の腹、爪の隙間まで舌を這わす。甘いチョコレートソースに顎がじん、と痺れる。

何秒間か、銀時からしたらすごく長く。


口から指を出せばつうっと糸を引く。


唖然、と開く沖田のその唇に。銀時の手の中の、彼の指を捩込んだ。







「何するんでさあ!!!旦那!!」



夢みたいにゆっくりと(あくまで銀時にとって、だが)流れていた時間は沖田の怒号で現実に戻される。

顔を真っ赤にさせて怒る沖田に対し、銀時は割といつもの調子だ。


「手、汚れてたから。」

にやり、と笑えば沖田は少し俯く。


(嫌われちゃったかねえ−)

それはそれで仕方無いのかもしれない。
何て呑気に構え、口の端を吊り上げて作り笑い。



数秒の沈黙の後、沖田が口を開く。

「でも…と、東京の人はみんな。」


発せられた消え入りそうな沖田の声に、罪悪感が込み上げる。


「なに?」

なけなしの罪悪感は、自分とは思えないくらいの優しい声を出させた。











「東京の人は、みんなこうなんですかぃ?」


こういうの、普通なんですよね?








これはちょっと予想外。
至極真面目な顔で、そんなことを言う沖田に、銀時は言葉を失う。


要は、先程の銀時の行動は沖田の中の「都会人」には日常茶飯事、という事だろうか。




(なわけねえだろ。)


爆笑したい自分を何とか殺し、もっともらしい顔で言う。






「うん。…もしかして、びっくりしちゃった?」


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