【「イザ」という時の選択】 高木善之さんの「本当の自分」(地球村出版)に次のことが書いてありました。 タイタニック号が氷山に衝突したとき、浸水が続いているのに船長は「沈むはずはない」と判断、一等船客はパーティを続けていました。最初に浸水に気づいたのは三等船客で、もっとも遅かったのは一等船客です。一般的に、恵まれた者ほど現状認識ができません。救命ボートには全員乗れないと知らされたときの人間ドラマ・・・・・。 自分を犠牲にして子どもを救おうとした人、人を押しのけて自分だけ助かろうとした人、あきらめてなにもしなかった人、など・・・・・。 これを読んでいて、イザという時の人間のありかたについて二つの実話を思い出しました。 最初は明治42年2月28日、国鉄職員の長野政雄さんが、人命救助のため自らの命を犠牲にして殉職したという実話です。 三浦綾子さんの「塩狩峠」は長野政雄さんをモデルにして書かれた小説ですが、そのハイライトの場面を要約します。 永野信夫は鉄道員。朝早い汽車は満席だったが、この一時間の後に、恐ろしい事件が待ち受けていようとは、誰一人想像すらしなかった。 汽車は今、塩狩峠の頂上に近づいた。この塩狩峠は、旭川から北へ約30キロの地点にあるかなり険しい峠で、列車はふもとの駅から後端にも機関車をつけ、あえぎあえぎ上るのである。 「おや、この汽車は後ろに機関車がついていませんよ」 「ああ、車両が少ないからでしょうね。しかし、うしろに機関車がつかないで上るのは、珍しいですね」 と信夫はあいづちを打った。 その時、一瞬客車がガクンと止まったような気がした。が、次の瞬間、客車は、妙に頼りなくゆっくり後ずさりを始めた。体に伝わっていた機関車の震動がぶっつりと途絶えた。 と見る間に、客車は加速的に速さを増した。 「あっ、汽車が離れた!」 その声が、谷底へでも落ちていくような恐怖を誘った。誰もが総立ちになって椅子にしがみついた。声もなく恐怖にゆがんだ顔があるだけだった。 信夫は、デッキにハンドルブレーキのあることがひらめいた。 さっと立ち上がって信夫は飛びつくようにデッキのハンドルブレーキに手をかけた。信夫は氷のように冷たいハンドルブレーキのハンドルを、力いっぱい回し始めた。 かなり速度がゆるんで、信夫はもう一息だと思った。だが、どうしたことか、ブレーキはそれ以上きかなかったのである。 信夫は渾身の力をふるってハンドルを回した。だが、なんとしてもそれ以上客車の速度は落ちなかった。暴走すれば転覆は必至である。 たった今この速度なら、自分の体でこの車両をとめることができると、信夫はとっさに判断した。一瞬、家族の顔が大きく目に浮かんだ。それを振り払うように、信夫は目をつむった。と、次の瞬間、信夫の手はハンドルブレーキから離れ、彼の体は線路を目がけて飛び降りていた。 客車は無気味にきしんで、信夫の上に乗り上げ、遂に完全に停止した。 以上 次は、これも実際にあった話です。 推理小説家として有名なポーは、1838年「アーサー・ゴードン・ピムの物語」を書いた。 乗っていた船が沈没し、3人の男が命からがらボートに乗り移った。ひどい餓えで気が狂った3人は、乗組員リチャード・パーカーを殺害し、その肉を食うというのが話の筋です。 ポーが亡くなって35年後、小説とまったく同じ内容の事件が起こった。船から投げ出された4人の船員がボートに乗って漂流を続けていたが、一番年下の船員が殺され、残りの3人に食べられてしまったのだ。殺された船員の名前は、リチャード・パーカーだった。 1884年にこの事件の裁判が開かれ、ポーの小説と事件の関連性が検討されたが、この犯人たちはポーの名前すら知らなかった。検察側も弁護側も事実と小説の完全な一致に驚愕を隠せなかったといいます。 イザという時、人間は神にも畜生にも両極に分かれることができるものだと、つくづく思いました。 非常時において、他の人の命を救うために自分の命を犠牲する人もあり、自分の命大切さに人肉を食べる人もあります。 イザという時こそ、人間の本当の値打ちというものが試されるのである、と思いました。 今地球温暖化によって世界的な食糧危機が懸念され、日本とて例外ではありません。 もし、日本が深刻な食糧難で無政府状態になったとき、限られた食糧を前にして私はどういう態度が取れるだろうか・・・、と考えることがあります。 エゴ丸出しになって、人を押のけ血みどろになって奪い合うだろうか? あるいは、どんな飢餓の状態にあっても、他に譲るという愛と寛容の精神を最後まで貫くことが出来るだろうか? 私は自信がありません。 現在のこの平和な時こそ、イザという時のことを頭において、自分を訓練することの大切さを感じました。 「肉体は有限、魂は無限」。 「いのちは一つ」。 14:05 [最新順][古い順] <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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